動物を怖いと思ったことはないですね。でも一度、取材車の窓枠にホッキョクグマが手を掛けてきて、僕の上半身くらいの頭が窓から入ってきた時は驚きました。爪が本当に長いんですよ。目と目が合ってしまって、「お前を食べてみたい」というようなあの顔は忘れられない。車を動かして切り抜けましたが、熊は足も速いので追いかけられました。

被写体につい夢中になってしまって、建物や崖から落ちそうになってひやっとしたことはよくあります。パンダの撮影の時も6m位の崖から落ちました。動物よりも、撮影に夢中になっての事故の方が危ないですね。(岩合光昭)

思いこまないことですね。そうしないと、結局「この猫はこんなにかわいいのに私が撮ると何で可愛くないの?」ということになってしまう。カメラというモノは非常に冷たい物で、想いは写らないのです。例えば、2匹の猫がじゃれていると見た目にはすごく可愛いですよね。でもカメラの目だとただの毛玉2つ。その差をどう埋めていくかということです。2匹の猫の中に撮影者の目で見た止まる瞬間がある。連続性の可愛さではなく連続性の中の瞬間を見極めること。その瞬間を掴むために、とにかくずっと被写体を見続けることが一番だと思います。(岩合光昭)

こちらの一方的な思いはいつもありますが、僕は基本的にはヒトと動物はコミュニケーションは取れないものと考えています。いわゆる「コミュニケーションを取っている」という言い方が出来るのは、ヒトがえさを与えた時だけであって、それはあくまでヒトの世界のコミュニケーションなのです。また、よく野生動物の観察で「今えさを食べています」という言われ方がありますが、えさというものはヒトが家畜に与えるもので、野生動物には当てはまらないと思います。野生動物の方からこちらに近づいてくるのをヒトの言葉で言うとコミュニケーションだということになるかもしれませんが、野生動物にとっては単なる安全確認に過ぎないと僕は思っています。

 

コミュニケーションよりも、むしろ動物との距離を僕は大事にしています。撮影時には、そこに撮影者がいるということを動物は意識しています。それでも無視をしてくれているという状況が一番良い。気になるとこちらを直視しますが、それは良くない。こちらが相手に相当なストレスを与えているということですから、動物にとって迷惑ということです。野生動物にも個体差があり、撮影をいやがるのもいればあまり気にしないタイプもいる。それはその動物自身の今までの人との接触体験に左右されることが多いと思います。動物の子供に出会った時は緊張してしまいますね。僕が相手にとって最初の人間かもしれないわけですから、最初に接する人としての責任がある。どう対面したら良いのかいつも考えてしまいます。(岩合光昭)

こちらが近づかないで相手が近づいてくれることを考えることですね。野生動物はペットと違って普段からつきあいがあるわけではないので、相手の気持ちを推し量ることは難しい。出会ったら、じっとして相手が近づくことを待ちます。でも「待つ」という意識は持たないようにしています。じりじりしていやになってきますから。(笑)そういうときは周りにも目を配ってみて、他の被写体を探したりすることもあります。(岩合光昭)

動いているものを撮っても、その動きのイメージそのままをカメラで捉えることはできません。しかし、どんなに速く動く物でも止まって見える瞬間があるのです。それは経験の中でだんだんとわかってくると思います。あとはその瞬間に合わせて、とにかくシャッターを数多く切ることですね。(岩合光昭)

以前こんなことがありました。サイン会でお会いした二十歳くらいの女性に「あなたは嘘つきですね」と言われ、驚いて理由を尋ねると、「あなたの写真では鯨がすごく大きく見えた。小笠原まで確かめに行ったけれど、鯨はあんなに大きく見えなかったですよ。」と言いました。僕は「それは海がもっと大きかったからだと思いませんか」と言うと、「そうですね。」とその女性は納得していました。鯨は確かに大きいけど海はもっと大きい。鯨が生きていける海があるということは素晴らしいということです。それをわかって欲しかったから、本のタイトルも「クジラ」ではなく、「クジラの海」にしたんです。


小笠原は船に丸一日乗らないと行けないような所ですよ。そんなところにわざわざ行こうと思うきっかけに自分の写真がなった、ということは嬉しかったですね。素晴らしい海を大切にしていこうという思いを彼女も感じ取ってもらえたのではないでしょうか?(岩合光昭)

します。しかし、教科書通りでは面白くないですし、野生動物の面白いところは予想がつかないところにあると思っています。中国四川省のパンダ保護地区で撮影をしていた時のことですが、朝7時頃は熊のような怖そうな顔をしてよだれを垂らして歩き回っていたパンダが、8時になって飼育係が竹をオリに入れた途端に「パンダ」になったんですよ。

 


パンダ座りになって竹を食べる典型的な絵になる。野生のパンダも動物園のパンダも、もちろんパンダはパンダなのですが、どうして急にあんな風に僕たちの考えるパンダに変わるのか、とても興味深いと思いましたね。(岩合光昭)