Digital Iwago Iwago's Report

岩合さんが世界各地で撮影した写真レポート。Mapの見たい場所をクリックしてね。


 


毎年、秋のこの時期(9月〜11月)になると、ホッキョクグマがハドソン湾の西側にあるチャーチルに集まってくる。
氷に乗って大好物のアザラシを捕りに出ようと、湾内で一番最初に凍り始める海岸へとやってくるのだ。
その姿をひと目見ようと、世界各地から観光客も集まってくる。
小さな町は、もう祭りのような騒ぎだ。
ここはもともとホッキョクグマの通り道だった場所。
大勢のヒトを見て、「あいつら後からやってきて大きな顔してるな」なんて思ってるかもしれません。





ホッキョクグマは地上最大の肉食獣だ。しかも、その生態にはまだ謎が多い。
群れをなさず、ナワバリも持たない。北極圏全域を気ままに移動するため、同じ個体には二度と出会えないと言われるほどだ。
僕も、腰を据えて本格的に撮影するのは今回が初めて。
どんなシーンに出会えるのか、どんな表情を見せてくれるのか、キャメディアを持つ手にも知らず力がこもる。
移動にはツンドラバギーと呼ばれる巨大な専用車を奨められたが、まずはガイドが乗ってきたフォードのトラックで行動することに決めた。
車上の高い位置からではなく、どうしても地上からの視線、それもローアングルでホッキョクグマに迫りたかったのだ。





野生動物を撮影する時に、基本的に僕は正面からは近づかない。しかし、相手の目はしっかりと見据えていないと、次の行動が予測できず怖いこともある。
特にホッキョクグマは、表情が読み取りにくい。経験から、なんとなく襲ってきそうな雰囲気だけは感じとれる。それでも、近寄れるのは7メートルが限界。
ドアを開け放した車を脇に止めて、いつでも逃げ込める準備をし、威嚇用の空砲銃を構えたガイドにサポートしてもらいながらの撮影だ。一瞬たりとも気が抜けない。仮に僕が史上最速のスプリンターだったとしても、100メートル6〜7秒で駆けるホッキョクグマにはかなわない。





600kgはあろうかという巨大なオスが寝転がっていた。
シャッターチャンス! 僕は少し離れたところからキャメディアで撮影を始めた。その瞬間、ホッキョクグマはむくっと起き上がり、僕の方に向かって歩いてくる。緊張が走る。
だが、僕たちのことなど眼中にないかのように、悠然と通りすぎていった。彼が食べ残したワモンアザラシの前に、僕たちが車を止めてしまったのだ。
ある日の撮影中、「クマが来た、逃げろ!」の声に振り返ると、銃を構えているはずのガイドの姿はもうそこにない。
逃げ足の早さも、ここでは重要なポイントなのだ。





10月の初旬、極北の地に初雪が舞った。
ホッキョクグマは、落ちてくる雪に鼻をクンクンさせ、待ちかねた冬のにおいを確かめるような仕草をした。
海が氷結する冬は、アザラシ狩りが始められるからだ。
少しでも早く凍り始める場所を求め、ホッキョクグマたちは岬に向かう。
海辺では、一頭のメスがカチコチに凍った海藻の上に寝そべって、じーっと氷がはるのを待っている。
7時間後、体温が解かしたのか、彼女の体は半ぶんほど海草の中に沈んでいた。



ツンドラバギーで、ホッキョクグマの母子に接近すると、高さ3メートルはあるだろうバギーの窓に前足をかけ母グマが顔を出す。「クマの前足は顔より上にあがらないから大丈夫」のアドバイスに安心して窓を開け、キャメディアをクマの顔に触れんばかりに接近させて撮影した。
ところがその帰り道、頭より高く前足をあげて電柱に登ろうとしている子グマを目撃。背筋が寒くなった。ところが、ガイドはすました顔で「生まれて初めて見た」自然を相手にしていると、ヒトの常識など通用しないことばかりだ。
遠くを見ると、2頭のオスが、まるで闘うような激しさで組み合っている。“Play Fight”と呼ばれる行動だ。
遊んでいるのか、本気でケンカしているのか。真相は誰にもわからない。








ところで、ホッキョクグマの地肌は何色かご存知ですか。
白?肌色?・・・?正解は、なんと真っ黒!だから、体毛を全部刈り取ると、クロクマになってしまう(笑)
極寒の地での生活に適応し、太陽の熱を吸収しやすいような色なっているのだろうか。
おまけに白く見える体毛も、よく観察すると透明で、しかも保温効果が高まるように中空構造になっている。驚きのハイテク体毛なのだ。
そんなホッキョクグマが、太陽の光を浴びた姿は美しい。
逞しい筋肉の動きにあわせて透明の毛が波打つ。光線の具合によっては黄金に輝く。
僕はキャメディアのシャッターを切るのも忘れて、見とれてしまった。



僕が借りた町はずれのアパートの裏はもう、見渡すかぎり果てしないツンドラ(永久凍土)。
腹を空かせたホッキョクグマが、その彼方からやってくる。
チャーチルでは町への進入を防ぐため、周囲にホッキョクグマを捕獲する巨大なワナを仕掛けている。
毎年何頭ものクマが捕らえられ“Polar Bear compound”(ホッキョクグマの収容所)に集められる。
もちろん終身刑なんてことはなく、ヘリコプターで川向こうの安全地帯に送り返されるのだ。
この光景、残念ながら撮影することはできなかったが、地元の人たちは“Flying Bear”と呼んでいるようだ。
11月末、僕は厳冬期のホッキョクグマの撮影準備のため一時帰国の途についた。
次はマイナス50度を超えるツンドラの奥地。どんな大自然が僕を出迎えてくれるのだろうか。