Digital Iwago Iwago's Report

岩合さんが世界各地で撮影した写真レポート。Mapの見たい場所をクリックしてね。

Canada State Churchill of Manitoba
カナダ・マニトバ州 フバートポイント沖の小島「夏のホッキョクグマと赤い花編」PART1


偶然耳にした噂が、僕を突き動かした。

その噂を聞いたのは、チャーチルの食堂だった。
「赤い花畑の中で、ホッキョクグマが遊ぶ場所がある」
僕は、2001年の秋からホッキョクグマを追い続けてきたが、
背景の色と言えば、雪の白とツンドラの色ばかり。
もし事実なら「赤い花と白いクマ」のコントラストは素晴らしいに違いない。
キャメディアで 、そのシーンを絶対に撮影したい。
噂の出所を求めてたどり着いたのは、チャーチルから北へ約60km、
シールリバーでロッジを経営するマイクだった。
「水上飛行機のパイロットが偶然発見したのを、空撮に成功したんだ。」
と言って自慢気に見せてくれた航空写真には、
確かに赤い花の中にホッキョクグマがいた。



なぜこの小さな島にホッキョクグマが?そう考えるのはヒトの悪い癖だ。

「この場所はどこ?」興奮してたずねる僕とは対照的に、マイクは冷静な口調で答える。
「シールリバーから25kmほど北に行った、
フバートポイント岬の沖に浮かぶ小さな島だよ」
この名もない小島に8月の終わりの約2週間、
ファイヤーウィードの花が咲き乱れる。
そして花の開花を待っていたかのように、ホッキョクグマがやってくるという。
この小島は海鳥が羽を休めるくらいで、
ホッキョクグマが好んでやってくる理由は見当たらない。
なぜここにやってくるのか、誰にもわからない。
僕たちはヘリコプターを手配し、マイクの助けを借りて、島に渡る準備を始めた。



PART2 端から端まで軽く走れる、驚くほど小さな島だった。


セーフティーゾーンを作らなければ、ここでの撮影は危険すぎる。

8月中旬。 一周1kmほどの小さな島に降り立った。
ここは平坦な島なので、身を隠す場所がどこにもない。
「万一ホッキョクグマに襲われたら、一巻の終わりだな」
と冗談にもならない軽口に、緊張がはしる。
何もない島を、ファイヤーウィードが鮮やかに染めている。
実際に見ると花の色は、赤というよりうすい赤紫だ。
ファイヤーウィードの群生地の近くにテントを張り、
その回りに鉄線のフェンスをはりめぐらせる。
触れると1万ボルトの高圧電流が流れる仕掛けを施し、セーフティーゾーンを作った。
さっそくキャメディアを携え、高さ4mのやぐらの上から
双眼鏡で周囲の観察を開始した。



ホッキョクグマは、もの音ひとつたてずに突然現れた。

脚立の上からは、水平線から岬の海岸線まで、ぐるりと360°見渡せる。
ホッキョクグマは、海を泳いでやって来るのだろうか。
まだ、その姿はどこにも見えない。
2時間ほど双眼鏡をのぞき続けて疲れを感じた僕は、
お茶でも飲もうとキッチン用のテントの方に向かった。
すると視界の端に白い影が!
どこからともなく現れた巨大なオスのホッキョクグマが、
鉄線のフェンス越しに僕を観察していたのだ。
ホッキョクグマは、音も気配もなく、まさに忍び寄ってくる。



PART3 数日で、撮影成功。僕は自分の強運に感謝した。


陸上最大の肉食獣には、1万ボルトも通用しない!?

僕たちの食事のにおいに誘われたのか、
ホッキョクグマが、フェンスに沿ってテントのまわりを徘徊している。
鼻だけが僕たちの様子を伺うように、ずっとこちらを向いている。
と、そのとき、ホッキョクグマの鼻先がフェンスに触れた。
バチッ!1万ボルトの高圧電流にさすがのホッキョクグマも・・・と思ったら、
「フン」という顔をしただけで何事もなかったように悠然としている。
まさか、1万ボルトでも平気なのか?
絶対に安全とは言えなくなった電流フェンスの中から、
僕は目の前に広がる、花が最も美しく咲き乱れるポイントに向かって、
「この花の中へ。この花の中へ」とホッキョクグマに向かって念じ続けた。



ホッキョクグマが花の中へ・・・やった、祈りが通じた!

「まさにこのシーンを狙っていたんだ」
密生するファイヤーウィードの中から顔を出した、ホッキョクグマをキャメディアで狙う。
まさかカメラを意識しているはずはないのだけれど、
次々といろんなポーズを決めてくれる。
僕は夢中になってシャッターを切った。
ファイヤーウィードの赤紫とホッキョクグマの白、コントラストが目にも鮮やかだ。
念願の写真をキャメディアにおさめ、真夏の無人島キャンプを終えた。
僕たちがヘリでチャーチルへ戻った、
翌々日からフバートポイント周辺は、飛行機が飛べないほどの嵐になった。
気まぐれな極北の空も、僕の味方をしてくれた。