撮影取材記:北西ハワイ諸島 第1話

岩合さんが世界各地で撮影した動物たちの写真レポートです。国・地域別でご覧いただけます。

北西ハワイ諸島
 
北西ハワイ諸島
北西ハワイ諸島

北西ハワイ諸島

「北西ハワイ諸島」。この名前を知っている人は、意外と少ないかもしれません。
太平洋のほぼ真ん中。ハワイ・カウアイ島からミッドウェイ島まで約2,200キロ(日本列島より長い!)にわたる珊瑚礁の海域に、地図には示すことができないほど小さな島々や環礁が点在しています。
そこが、人が決して立ち入ってはならない“自然の聖域”「北西ハワイ諸島」なのです。
絶滅が危惧される稀少な野生生物や、自然本来の生態系を守るため、1909年、アメリカの内務省・魚類野生生物局(U.S.FISH & WILDLIFE SERVICE)が管轄する国立自然保護区に指定され、それ以来、アメリカの調査員が数ヶ月に一回ほど訪れる以外、許可なく誰も立ち入ることを許されていません。
いかなる船舶もその区域には入ることは禁止され、飛行機ですらこの上空を飛行することは許されていないのです。
その「北西ハワイ諸島」に、日本人の写真家として初めて特別な許可を得て、岩合さんが訪れたのは1985年のこと。それから14年後の1999年、2年越しの撮影申請の許可が下り、岩合さんは、キャメディアC-2000ZOOM(オリンパスのデジタルカメラ)でデジタル撮影を敢行したのです。

※この時の写真は、2000年のオリンパスカレンダー
「The Fragile Blue Sanctuary/永遠なれ、碧海の聖域-北西ハワイ諸島」として発表されました。

北西ハワイ諸島

北西ハワイ諸島
北西ハワイ諸島は海鳥たちの一大営巣地である。2メートルはあろうかという翼を広げ、クロアシアホウドリがヒューッと風を切り、頭上すれすれを滑空していく。
アオツラカツドリが30メートルもの上空から素晴らしいダイビングを見せ、まっすぐなクチバシに魚を捕らえる。かん高い啼き声が静寂を破る。アカオネッタイチョウだ。
純白の身体にスーッと一直線に伸びた赤い尾が、真っ青な空と鮮やかなコントラストを見せている。
彼らは4月から7月、恋の季節を迎える。2羽が互いに啼きかわしつつ伴侶を求め、やがて卵を産み、ヒナを育てる。
砂浜はクロアシアホウドリの幼鳥でびっしりと埋めつくされている。
鳥たちの星に舞い下りてしまったかのような錯覚を覚える。
いや、それは錯覚ではない。たとえ人が立ち入ることを禁じないにしても、この絶海の島は、空や海に生きる能力をあらかじめ備えたものだけに許された領地だ。幼鳥たちの中には、おそらく初めて目にした人間を興味津々と窺うものもいるが、たいていはこちらを無視し、怖れる様子はない。
その無関心ぶりが心地いい。フワフワした茶色の毛が抜け始めたクロアシアホウドリの幼鳥はまもなく島を離れ、海上で5年近くを過ごす。そして再び、生まれ故郷の島に帰ってくると、そこで結婚相手を探し求める。
毎年パートナーは変わることなく、生涯を添い遂げる。彼らは長生きで、寿命40年ぐらいと言われるが、巣立ちの時期、海面に降りたとたん、サメに狙われる若いアホウドリも少なくない。
しかし、それも自然の掟だ。
自然の摂理だけが、死の理由となる。その幸せがここにはある。
北西ハワイ諸島 北西ハワイ諸島 北西ハワイ諸島
船舶「S.S.Midway」号 アカオネッタイチョウ クロアシアホウドリの幼鳥

北西ハワイ諸島
北西ハワイ諸島
北西ハワイ諸島には、他では出会うことの出来ない動物がいる。ハワイモンクアザラシだ。
彼らは珊瑚礁の海をゆうゆうと泳ぎ、浜にゴロンと寝そべって日向ぼっこを愉しむ。
何ともミスマッチな光景に感じるのは、アザラシは冷たい海の生き物という固定観念があるからだろうか。もはやモンクアザラシは、このハワイの種と、地中海に棲む2種しかいない。カリブ海にいた種は、1950年代に姿を消してしまった。彼らは群れを作らず、単独で生活する。撮影の際も、決して30メートル以内に近寄ってはならない。こちらを気にしている素振りが見えたら、すぐ離れるようにと、同行の調査員から厳重な注意を受ける。
人の気配に極めて敏感で、特に子育ての時期には授乳が中断され、母子の絆が断ち切られる怖れがあるためだ。この北西ハワイ諸島の自然が永遠に守りつがれない限り、ハワイモンクアザラシは生きていくことはできない。今、彼らの生息数はあと1400頭を数えるのみと言われている。
北西ハワイ諸島では真昼のうちから浜辺でアオウミガメに出会うことができる。一般にウミガメは神経質な動物と言われ、陸に上がるのは産卵の時だけで夜間に限られている。
この太平洋の楽園にいる彼らは、白い砂浜の上で、何をするでもなく大きな身体をのっそりと横たえている。クロアシアホウドリの幼鳥がクチバシで突っついてもおかまいなしだ。
周囲をまるで頓着せず、ただただ無防備に横たわっている。この珊瑚礁の海で、彼らはその長い一生を悠然と愉しんでいる。人間が生まれるよりも遥か昔、地球に誕生して以来、彼らはずっとそうして生きてきた。その生き方を邪魔される理由など、どこにもない。
北西ハワイ諸島 北西ハワイ諸島 北西ハワイ諸島
ハワイモンクアザラシ クロアシアホウドリの親子 アオウミガメ

北西ハワイ諸島
この太平洋のサンクチュアリは、魚類野生生物局の並々ならぬ努力により守られている。
島に上陸する際は、島ごとに新品の服装に着替えることが求められる。それも、冷凍殺菌をしておかねばならない。そこまで徹底するのは、外来の動植物を持ち込み、島本来の生態系を壊すことがあってはならないからだ。ターン島に唯一設けられた魚類野生生物局の基地は、太陽光で全ての電力が賄われ、ゴミはハワイ本島まで送るのだという。
それなのに、島のところどころで、カラフルで不自然なゴミにぶつかる。太平洋を漂流してきた文明の残骸だ。海に漂うビニールやプラスチックの破片を、魚が呑みこむ、海鳥が呑みこむ。消化されることのない偽の食べ物が鳥の死骸から見つけられる。海も空も、全てがつながっている。絶海の無人の島であっても、人間との営みと無縁でいることなどできないのだ。
今回の撮影取材は天候の悪い日が続いた。セグロアジサシの営巣地は水浸しになり、多くのヒナが死んだ。
しかし、天候が悪いと表現するのは人間の勝手な思いだ。風が吹き荒れようと、大雨が降ろうと、動物たちは淡々とそれを受け入れている。自然とは、そういうものなのだ。15年前訪れたときと変わらぬ時を生きていた、北西ハワイ諸島。
それにしても、人間を遮断しなければ自然を守れないという事実には、改めて考えさせられる。地球の一員として、これから人間はどう生きていけばいいのだろう。そんな問いかけを北西ハワイ諸島の動物たちが投げかけている。(岩合光昭)
北西ハワイ諸島
冷凍殺菌しておいた服や靴、そして機材などは、濡らさないようプラスチックバケツに入れて、島に上陸する。
北西ハワイ諸島
研究者のテントがあるリジアンスキー島の電力も、太陽光発電で賄われている。
北西ハワイ諸島
太平洋を漂流してきたボトルやプラスチックごみが、浜に打ち上げられている。日本から流れついたと思われるものが多い。
北西ハワイ諸島 北西ハワイ諸島
Hawaiian Islands National Wildlife Refuge U.S. Fish and Wildlife Service Department of the Interior

北西ハワイ諸島の写真は「野生動物ギャラリー:北西ハワイ諸島」でお楽しみください。

▲ページの先頭へ